BRE、ブロック・レーシング・エンタープライゼズの名を最初に知ったのは1967年、日本グランプリにやってきたヒノ・サムライ・プロトででした。
美しいボディ、ナンバー3のグラフィックはショッキングで、ピート・ブロックという名前もそのときにインプットされたのでした。コブラ・デイトナクーペはもちろん知っていましたが、そのデザインもしていたことはサムライよりあとに知りました。
その後ダットサンでのレースでBREは一躍トップチームとなりましたが、レースでの強さとともにマシンのカラーリングのすばらしさ、広告のかっこよさなどにも惹かれ、以来40年間ことあるごとにその絵を描き、模型を作っています。
2006年、インタビューのチャンスがめぐってきて、数カ月にわたり何を聞くか、何を話すか、英語のシナリオを必死で考え「敵地」シアトルに乗り込みましたが、そんな準備はどこかへふっとんで、ただただ夢のような時をすごして帰って来ました。以来BRE関連の仕事では細部のチェック、資料などでお世話になっています。
たった数年間のレース活動でサーキットから去ったBREとそのマシンですが、残した印象は強烈なもので、アメリカで開催されるヒストリックカーショーやレースでVIP級の扱いを受ける唯一の日本車とさえ言われています。
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